なぜなら、洗脳や崇拝の恐ろしさを知っているだから・・・・・
洗脳や崇拝とは?
現実から目を背け、現実を否定し、そして妄信、幻想、空想を語ることである。
私は聖書に縋っているし、信仰もしている。
しかし、多くの聖書の矛盾も理解しているつもりだ!
故に、それは信仰ではあるが、妄信ではないし、現実直視であり、決して、現実逃避ではない。
例えば、献金を促すが、人の行動は、結局は神が全て定めた行動である、とも書いてある。
献金するか?しないか?は、つまるところ、それもその人の行動は神の意思であり、神の定めなのです。
一番わかりやすいのが、エバが禁断の実を食べた事である。神は「食べるな!」と言っておきながら、神の定めはそれを「食べさせる」ことでなのです。
聖書は確かに信仰だとは思うが、そこには多くの「矛盾と齟齬」を突き付け、人としての在り方を教えているのだと思う。
『人の歩みは主によって定められる。人はどうして自らその道を明らかにすることができようか』
【箴言 20:24】
A man's steps are from the Lord; how then can man understand his way?




















