2026年6月12日金曜日

聖書の読み方

洗脳や崇拝の意味を知っている人間は洗脳されないし崇拝もしない。
なぜなら、洗脳や崇拝の恐ろしさを知っているだから・・・・・

洗脳や崇拝とは?
現実から目を背け、現実を否定し、そして妄信、幻想、空想を語ることである。

私は聖書に縋っているし、信仰もしている。
しかし、多くの聖書の矛盾も理解しているつもりだ!
故に、それは信仰ではあるが、妄信ではないし、現実直視であり、決して、現実逃避ではない。
例えば、献金を促すが、人の行動は、結局は神が全て定めた行動である、とも書いてある。
献金するか?しないか?は、つまるところ、それもその人の行動は神の意思であり、神の定めなのです。
一番わかりやすいのが、エバが禁断の実を食べた事である。神は「食べるな!」と言っておきながら、神の定めはそれを「食べさせる」ことでなのです。

聖書は確かに信仰だとは思うが、そこには多くの「矛盾と齟齬」を突き付け、人としての在り方を教えているのだと思う。

『人の歩みは主によって定められる。人はどうして自らその道を明らかにすることができようか』
【箴言 20:24】
A man's steps are from the Lord; how then can man understand his way?
(Proverbs 20:24)
My angel



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聖書の読み方

洗脳や崇拝の意味を知っている人間は洗脳されないし崇拝もしない。 なぜなら、洗脳や崇拝の恐ろしさを知っているだから・・・・・ 洗脳や崇拝とは? 現実から目を背け、現実を否定し、そして妄信、幻想、空想を語ることである。 私は聖書に縋っているし、信仰もしている。 しかし、多くの聖書の矛...