憎しみは私的感情、怒りは公的感情ではないだろうか?
例えば、個人的恨みに関しては、怒りよりも憎しみの方が先に来るだろうし、政治的憤りに対しては、確かに憎しみも起こるが、それは誰に対しての憎しみではなく、政治全般に対しての怒りの方が先に来るのではないか?
「恨む相手への憎しみ、憤りの相手への怒り」
が、正しい解釈かもしれない。
『愛する者たちよ。自分で復讐しないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである』
【ローマ人 12:19】
Beloved, never avenge yourselves, but leave it to the wrath of God, for it is written, “Vengeance is mine, I will repay, says the Lord.”
(Romans 12:19)
私は憎しみではなく、怒りを持って、訴え続けたい。
もう我慢の限界だろう?
これが高市早苗の狂気の正体である。


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