2026年2月4日水曜日

拭えない私の目の梁

烏滸がましい考えだ!
自分さえ救えない人が他人を救えるはずもない。
自分の目の梁さえ拭えない私が、他人の目の塵を拭えるとでも思っているのか?

過去を振り返ると私は罪の中で生まれ、罪の中で育ち、そして今現在でも罪の中に埋もれている。
それが私が生まれてきた贖いだ!
神は私を罪の証人としてこの世に創造したのだ!

私は罪人の見本である。
故に私がどれだけ懺悔しようが、悔い改めようが、神は私の罪を決して赦さない。
なぜなら、私は罪人としての生き証人なのだから。

『悪しき者は死ぬとき、その望みは絶え、不信心な者の望みもまた絶える』
【箴言 11:7】
When the wicked dies, his hope will perish, and the expectation of wealth perishes too.
Proverbs 11:7
My Sin



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